日本住環境評価センター株式会社

インタビュー

Interview

2009年08月12日

No. 003 東京大学 浅見泰司 教授に聞く

<住環境>と<トレーサビリティ=追跡可能性>の関係〜何のために、どこまで<追跡>するのか〜

Profile 浅見 泰司(あさみ・やすし)
東京大学空間情報科学研究センター教授
1960年生まれ
東京大学工学部都市工学科卒
ペンシルヴァニア大学大学院地域科学専攻博士課程修了
専門:都市住宅学,都市計画,空間情報解析
肉や野菜の生産から流通、販売までの過程をトレース(さかのぼって追跡)することができれば、その商品が安全かどうかを推測できる。食品のトレーサビリティ=追跡可能性という視点は、すでに広く普及・定着している。

一方、住宅産業においても、長期優良住宅普及促進法(2008年12月)で住宅の履歴保存が義務づけられたり、一部のディベロッパーが「家の履歴書」を公開したりといった新たな動きがあり、品質向上の意識が高まっている。

では、トレーサビリティの概念は、建物の外の〈住環境〉について、どこまで適用可能なのか。

現在、一般的にはあまり結びつけて語られることのない二つのテーマについて、実際の関連性はどの程度あるのか、またそれは将来どのように変化していくのか、東京大学の浅見泰司教授にお話を伺った。

トレース可能な住環境テーマとは?

--住環境におけるトレーサビリティ、というテーマを考えるとき、どのような例があり得るでしょうか。

浅見

「建物以外の例では、賃貸人や賃借人などといった、〈人〉の話があります。賃貸人に起因するトラブルや、賃借人の家賃不払いなどが、過去にどれくらいあったか確認できれば、それもトレーサビリティの一種です。  また、中古住宅については、前の住人についての情報を細かくトレースしないとわからないことがあります。  たとえば、ペットを飼っていたかどうか。見た目はきれいにクリーニングされているのに、どうも悪臭がするので、床を剥がして調べてみたらペットの小便が染み込んでいた、といった事例もあり、文字通り、表面的なことだけではわからないのです」

--では、建物の周りの住環境について、誰かが履歴保存の責任を有しているような、追跡可能なテーマ(項目)はあるでしょうか。

浅見

「まず、土壌汚染や地下水汚染などのように、行政情報として保存されている項目については、追跡可能です。また、有害なガスが自然発生する地域や、水害のあった地域などに関しては、〈その他重要事項説明〉で報告する義務があります。  行政情報以外で、土壌汚染の有無を推測するのに最もよく使われるのは、住宅地図です。何年かに一度更新されるので、過去にどういう土地利用があったか追跡できます。ほかに、地形図の変化を見て、過去に埋め立てがあったのではないかといったことを推測する場合もあります。  そういった、当該の土地のみならず近隣の状況も含めた記録を、土地所有者らが確認し、買い主に知らせるべきだと思いますが、現状、法体系としてその義務はありません」

--アメリカの一部の州でおこなわれているように、土地の公共的な価値を向上させることによって、どれだけ行政の負担が減り、また安全性が高まるか、といった、複合的な価値提案をすることができれば、半強制的に、土地所有者に対して住環境トレーサビリティの確保を義務づけることもできるでしょうか。

浅見

「アメリカの場合は、土地利用が契約行為なんです。  この土地を住宅として使います、というのは公と私の契約行為で、その条件のもと、規制や特典があります。土地利用を変えるのは契約に反することになりますし、契約は記録として残されるため追跡可能です。  日本の場合、土地利用が公と私の契約行為であるという仕組みではなく、建築基準法に則ってさえいれば良しとされるため、公共的な価値向上のための強制、ということにはなりにくいでしょう」

時間軸をさかのぼるだけがトレースではない

--では現状としては、住環境のリスクや情報収集・理解の負担は、買い主が自己防衛的に負わなければならないことになりますね。

 しかし、住環境のトレース方法について、どこへ行って誰に聞けばいいのか、一般の買い主にはわからないのではないでしょうか。

浅見

「トレーサビリティといっても、必ずしも時間をさかのぼるだけではなく、連鎖があれば、トレースする要素はあるわけです。隣人関係のように、ある土地の所有者は誰か、その隣は誰か、というふうに、横へ辿っていくこともできます。都市計画図から用途地域の連なりを追っていくことも、トレースといえるでしょう。  辿れる情報があるにはあるのですが、都市計画図を買うことはできても、誰にでも理解できる内容ではないので、それを翻訳する人が必要です。これは、御社の『生活環境評価書』が担っている役割の一つでしょう。  もちろん、翻訳の際に情報源を明確にすることは、御社に課された重要なトレーサビリティであるということになります」

--まさしく、仰るとおりだと思います。

浅見

『生活環境評価書』に掲載しているすべての情報にはソースを明記し、オリジナルの情報を確認できるようにしています。

トレースの目的と終着点

--いま、横へ向かうトレーサビリティのお話が出ましたが、たしかに〈トレース〉と一口にいっても、さまざまな方向性や側面があります。

 必ずしも責任追及ということだけにとどまらず、たとえばヴィンテージ・マンションのように、著名な政治家や文化人が住んでいたという履歴が、価値向上につながる例もありますね。

浅見

「米やウナギの価格が産地によってまったく異なるように、トレースできることによって付加価値が生じるというのは、住宅においてもあることでしょうね。  ほかにも、トレーサビリティが持っている一側面として、良かれと思ってしたことが結果として悪く転じた場合、記録保存や報告義務の網目から漏れてしまうということがあります。住宅の密閉機能を向上させた結果、ダニが発生しやすくなったとしても、誰がどういうふうに責任を取るのか、判断するのは難しいところです」

--トレースの目的は、常に明確でなければなりませんね。

浅見

「そもそも、保険ビジネスが存在しているように、きちんと保証してもらえることについては、トレースする必要はないのです。どこで損失を補償してもらえるのかがわかれば、その時点で追跡は止まるわけですから。〈毒入り餃子〉の一件で食品のトレーサビリティが注目されたのも、責任の所在がわかりにくかったからでしょう。  何もかもトレースするというのではなく、追跡する価値があるからこそのトレーサビリティなのであって、その努力が社会的に無駄になってしまうようではいけません」

--無駄なく合理的なトレースをおこなうための物差しを作れるよう、今後も『生活環境評価書』の研究・改善を続けるとともに、新たな調査・表現方法も模索していきたいと思います。

 このたびは、ありがとうございました。  責任の所在、という観点からすれば、結びつけて考えることはそもそも困難なテーマであった〈住環境〉と〈トレーサビリティ〉について、多角的な見地からご意見をいただき、あらためてテーマの難しさを知らされるとともに、新たな可能性も見えた。  住宅・住環境におけるトレーサビリティの要件は、大きく四つある。賃貸人・賃借人など〈人〉の利用履歴、電気・ガス・水回りなど〈設備〉の利用履歴、改修・修繕など〈建物〉の利用履歴、そして、災害・土地利用など〈まち・地域〉の履歴や面的な記録(主として行政管理)である。  これらを、明確な目的意識のもと分析・綜合すれば、その成果物は、画期的で有用な不動産トレーサビリティ・ツールとなるだろう。あるいはそれが、『生活環境評価書』の次に生まれ変わるべき姿かもしれない。  今後も、〈住環境〉と〈トレーサビリティ〉の結びつきについては常に意識し、調査・表現方法の洗練に役立てていきたい。

Interview

住環境の専門家に聞く

No. 003 東京大学 浅見泰司 教授に聞く

インタビューを読む

日本住環境評価センター

私たちは、不動産取引の安全及び流通の促進に貢献するために、既存の枠にとらわれない時代のニーズに合ったサービスを、不動産鑑定事務所としての専門的立場から提供しています。